5.09.2014

信楽焼 ~陶芸の森2

陶芸の森には、いろんな種類の窯があり見学できるようになっていました。

私自身は、薪窯はアメリカの大学にいるときに数回焚いたことがある程度で、ほとんど無知な状況。

薪窯とひと言でいっても、大きさや形はさまざま。こんなにいろんなタイプがあるんだなと、感心してしまいました。それぞれ特徴があり面白いので、ずらっと紹介してみます。(登り窯は使用中のようで閉鎖されていました。)

穴窯
(1番原始的なタイプの窯。つながった一つの部屋になっています。
熱効率が悪い為、それをよくする為に登り窯へと進化していきました。)

ビードロ窯
(信楽焼の特徴であるビードロ釉がたくさんかかるようになっています。
短時間で焚ける効率の良い窯だそう。)
イッテコイ窯
(「行って来い」窯。焚口と煙突が同じ側にあるのが特徴です。
火が向こうへ行って煙突側へ帰ってくるので効率よく火が回ります。
私が益子にいる時も窯元の親方からこの名前を聞いたことがありました。
後で訪問した信楽の楽齋窯さんでもこのタイプの窯を使っていましたので、
比較的多く利用されている形のようです。)

スイッチバックキルン
(両側に薪を入れる焚口と煙突がありますので効率よく焚け、
灰が全面にかかりますので通常の窯とは違った焼き上がりが期待できます。作品もたくさん入りそうですね。)


創作研修館にやってきました。

数々の名だたるアーティストも滞在してきた信楽のアーティスト・イン・レジデンス。数か月~1年程度の期間滞在しながら、自由に制作ができるシステムです。アメリカなどの海外でよく見かけられます。特に陶芸の分野においてはまだまだ日本にはあまり浸透していないように思われますが、信楽では1992年からすでに行っているそうです。

上記の薪窯を含めた多種の窯をはじめとし、個人ではなかなか持つことのできない設備がそろっており、図書施設の利用や技術相談ができたり、材料も手に入れやすかったりなど、焼き物の町だからこその利点があります。

そういったすばらしい環境が目的で参加する人も多いでしょうし、または国内外から集まる他のアーティストとの触れ合いの場所にもなりますので、出会いや刺激を求めて来る人もいることと思います。特に大きいものを作りたい人には最適の場所だと思います。


施設は一部見学ができるようになっています。対象時間内ならだれでも受付で見学許可証をもらえます。(よっぽど見た目が怪しかったら分かりませんが・・・笑)

印象としては、スタジオ(作業場)の雰囲気は、私のいたアメリカの大学のようでした。
打ちっぱなしのコンクリートの床と壁のせいか、不思議と懐かしさを覚えました。日本というよりは欧米スタイルの工房のようでした。こういうところで思いっきり何か作ってみたいなぁと憧れを抱きつつ・・・ふと我に返るのでした。

まだまだ信楽は見るところがいっぱいあるので、こうしてはいられません。
続いて町の中心へと行ってみましょう!


信楽陶芸の森
http://www.sccp.jp/


信楽焼 ~陶芸の森1

伊賀に続きまして信楽に行くのも今回がはじめて。
行ってみてひと言。。。「信楽を知らずして日本の焼き物を語るべきではなかった!」と反省いたします。本当に素敵なところでした。ここはまさにやきものの聖地です☆



 信楽は六古窯の1つにも数えられる歴史ある窯業地。今もたくさんの伝統的な窯元が焼き物を作り続けています。一方では積極的に新しい事も取り入れています。信楽の森の施設内では、国内外からのアーティストが滞在し制作のできるレジデンシープログラムが20年以上も前から行われています。最近では、現代アーティストの奈良美智さんもこちらのレジデントとして、少女や犬などのおなじみのモチーフを焼き物で制作していました。
古きから新しきまでカバーしているのが信楽の特徴とも言えますね。


信楽に来るの初めてですが、信楽にはいつもお世話になっている私。というのも、現在が働いている陶芸教室でもメインの土は信楽からの土ですし、私が前にいた益子でも、多くの窯元や作家さんは益子の粘土に信楽の粘土を混ぜて使っていました。質と価格のバランスが良く、たくさんの人から愛用されています。現在でもたくさんの良質な粘土を全国に提供してくれている信楽。懐の大きさを感じますよね。感謝感謝。


まずは陶芸の森へ。
陶芸の森には、美術館、展示販売所、広場、多種多様な薪窯、創作施設などが大きな敷地の中に点在しています。茨城県笠間の芸術の森には何度か行ったことがあるのですが、とてもよく似ています。笠間の方が新しいのでおそらくこちらを参考にして作ったのでは?と思います。


今回はちょうど太陽の広場にて行われる「作家市」というクラフトマーケットの初日。
たくさんの作家さんがテントを出して、販売していました。笠間の陶炎祭りをもう少し小さくした感じのイメージですが、西日本方面の作家さんが多いので私にはとても新鮮でした。信楽焼きの渋いイメージの作家さんも多いですが、京都などの色鮮やかなイメージの作風も多くバラエティに富んでいるのが印象的でした。



ぶらぶらと歩き始めるとさっそく素敵な釉薬の作品に目を引き付けられました。ラメのように光る水色の器。。。磁器系の土に砂が混ざっており、釉薬の細かい貫入(表面のヒビ)との絶妙な組み合わせで、キラキラ光って見えるのです!思わず衝動買いしてしまいました。(写真にはこのキラキラ感が撮れないのであえて載せませんっ。)京都で制作する高橋亜希さんという作家さんの作品です。 http://www.aki-takahashi.com/index.html

一緒に行った母もちょこちょことお買い得品をゲットしていました。作家さんが直接販売しているのがいいですよね☆ 話も聞けますし、値段も安い!!



この期間は食べ物の出店もあり、お腹が減ったので近江牛モツ焼きそばを頂きました。耐火煉瓦で囲った即席窯で焼いてくれる窯焼きアップルパイなどもあり陶芸の町っぽさを感じられるものありました。

焼きたての窯焼きアップルパイ☆


陶芸の森には素敵な常設カフェもあります。休憩にオーガニックレモネードをいただきました。美術館の展示に合わせたメニューがあったり、デザートもおいしそうでした。今はイギリス陶芸に関する展示をやっているので、イギリス系料理のワンプレートランチやスコーンなどがありました。お客さんを楽しませようとしてくれる工夫が伝わってきますね。 (カフェのHP http://upcafe.jp/

周囲の山の緑がきれい

つづく・・・

5.05.2014

伊賀焼 訪問記2

・・・・伊賀焼訪問 つづきです





行った日の翌日から新緑陶器市と長谷園の窯出し市が始まるということで、あちこちテントを張ったり品出しの準備をしたりと、いそいそした雰囲気でした。準備をするお店の方には「明日からなのご存じでなかったですか?」と聞かれ、、、分かっていましたが、日程の関係であきらめてしまったのでした^^; 私の場合は、買い物というよりも伊賀焼について知りたかったりするだけなので、逆に空いていてよかったのかなと自分を励ましつつ。。。。;


伝統産業館前の登り窯。年に数回焚いているそうです。


今回の伊賀旅で私がまず訪れたのは、伊賀焼伝統産業会館。2Fでは伊賀焼の歴史などがわかりやすく紹介されています。展示を見るのに200円かかりますが、1Fのお店で200円の金券として使えるので買い物すれば実質タダ!!購買意欲をそそられる粋なサービスですよね。伊賀焼組合に加盟している二十数件の窯元や陶芸家の方の陶器が販売されており、私も迷わず買い物しちゃいました。
時代に合わせていろんなものを作ってきたのですね・・・

そして長谷園(ながたにえん)さんにも行ってみました。(お茶漬けの永谷園ではありません^^)こちらは伊賀でも今一番勢いのある窯元さんでないでしょうか。現代人の生活にあった商品を積極的に作り、ネットでも販売しています。窯元も多様化していますね。
長谷園の登り窯。現在は使われていないようですが、現存する登り窯では日本最大だそう。
なんと16部屋もあります(@0@;)なんとすべて焚くのに15~20日もかかったとのこと。
1970年まで使われていました。

伊賀信楽は大物も得意です。





盆栽が乗っているこの台、伊賀や信楽のいたるところで目にしました。贅沢に灰を浴びたこの物体、何だと思いますか・・・?なんと、これ自体は作品や製品でなく、火鉢を焼くときの台だったものだそう。

現代ではこういった灰がたっぷりかかった作品を焼くために登り窯などの薪窯が使用され、釉薬をかけてキレイに焼き上げたいものはガスや電気の窯を使用します。昔は薪窯意外の選択肢はもちろんありません。釉薬を掛けた物が灰で汚れてしまうと製品価値を落としてしまうため、昔の人は色々と工夫をしていたようです。この台に乗せることで火鉢を高い場所におき、灰がなるべくかからないようにしたそうです。

現代はこの台も不要になり、そして新しく作られることももうありませんので、今では歴史を感じることのできる貴重な資料であり同時に素敵な飾り物となっているようです。




続いて長谷園さんの奥にある忠央窯さんにもお邪魔しました。伝統的なスタイルのものから、現代的な造形の作品まで様々作られていらっしゃいます。直接お話が聞けるのが嬉しいですよね。気さくなご主人がお出迎えしてくれました。



素晴らしい格言ですね。この地区は美しく整備されており雰囲気がとても素敵でした




              


さて、一風変わってこのオシャレなところは??ギャラリーやまほんさんです。工場だった建物の中を改装し、ギャラリーにしています。周囲の雰囲気とは全く違った世界が広がっているので、入った瞬間びっくりしてしまいました。奥は陶器だけでなくいろいろな生活雑貨のセレクトショップになっています。益子のスターネットというお店に近いイメージを持ちました。

スターネットが益子のイメージを変えたように、ヤマホンさんも伊賀焼の里をもっと若い人が訪れたくなる場所に変えていっているようですね。
              
広々として開放的なギャラリー 天井には工場だった名残も感じられます

オシャレなカフェも併設されており、コーヒーやケーキなどが楽しめます
チーズケーキが美味しかったです☆



更に車で15分程度行ったところにある伊賀信楽古陶館というところにも行ってみました。こちらはお城や忍者博物館に近いので合わせて行かれるのがおすすめです。


伊賀焼を説明する言葉によくあるのが「破格の美」。
今回のスローでまったりした伊賀の旅ではそのエネルギーを感じることはあまりできませんでした。美術館にある大胆でエネルギーに満ちた伊賀焼は主に茶陶としてのものであり、それが伊賀焼のすべてではないということを今回学ぶことができました。時代に合わせて変化することができなければ、衰退し途絶えてしまうということを学んだ伊賀焼。今後どのように変わっていくのでしょうか。
型破りの焼き物と呼ばれた伊賀焼に、私の期待は高まります。。。

5.04.2014

伊賀焼 訪問記1

連休を利用して、伊賀と信楽を見に行ってきました。
伊賀と信楽は県は違いますが、車でほんの15分程度の場所に位置しています。
三重県に家族が住んでいるので、遊びに行きつつということで。。。

伊賀焼の里は田畑に囲まれ、のどかでのんびりしたところでした


まずは伊賀焼についてゆるめにお勉強。
伊賀と言えば忍者!そして俳人松尾芭蕉の出生地としても有名。
伊賀忍者も芭蕉もきっと使っていたのが、伊賀焼!?(・・・というのは勝手な想像です ;)
琵琶湖堆積層の粘土と、窯を焚くための薪が手に入りやすかったことから焼き物の産地として発展し、奈良時代から日用雑器などが作られていたそうです。


伊賀焼と聞いて私が一番先に思い浮かぶのは、豪快で歪んだ耳付きの花器。
薪の灰をたっぷり浴びた焼き締めの陶器が茶器として茶人に愛でられたことが、伊賀焼の名を有名にしている1番の理由であることと思います。領主の筒井定次は古田織部の弟子で茶人であったこともあり、この時につくられた伊賀焼は最高峰であったといわれています。
しかし永遠に茶陶の需要が続くわけもなく、時代の変化に対応できずに衰退していき、江戸時代に入って100年もの間途絶えてしまったそうです。。。



江戸中期に復興され、再び日用雑器を作りはじめました。耐熱性のある粘土の特徴を生かして土鍋の生産もさかんに行われています。特に最近では土鍋で作る料理の美味しさが見直されてきていますよね!現代のガスコンロの火力にも耐えられるように開発がされているおかげなのです。特に有名な長谷製陶さんでは、デザイン性の高い土鍋もたくさんあって本当に驚きました。料理好き男子の為の男子鍋とか・・・気合が入ってますね。
私もいつかは伊賀のオシャレ土鍋を手に入れたいと思いつつ。現在はあまり自分で料理をしないためお預け。。。


ところで、「伊賀焼と信楽焼はどう違うのか?」という質問は、定番中の定番のようですが、私もやはり聞きたかったので伝統産業館の方や窯元の方に聞いてみました。

土のタイプも同じで焼き方にもこれといった大きな違いもなく、歴史的にたどっている道も似ており、見分けのつかないものも多いのが実際のところのようです。あえて言うなら、ビードロ釉(緑色っぽくガラス化した灰)が色濃くたっぷりかかっているものが多いとか。。。
特に現在はどこの地でも様々な焼き物が作れますので、なかなかきっちりとは分けられないものですし、分ける必要もないのかとは思います。ただ、素材や見た目ではなくその奥の精神的なものに何か違いが見いだせたら面白いのでないかと思うところ。
忠央窯さんにて。伊賀焼らしい茶陶をはじめ日用食器など様々な作品を作っていらっしゃいました


あとで読んだ本(※1)によれば、桃山期の茶陶には形の違いが大きくみられるとのことが記されていました。信楽は千利休好みの「無作為の美」、伊賀は古田織部好みの「人工美」とのこと。なるほど!!私は織部焼が好きだから、伊賀の茶陶の力強く大胆な造形に魅かれるんだ~!!となっとく致しました。

そんな私が一目惚れして買ったのが新学さんという陶芸家の方のお皿(左)。確かに織部っぽさがある!産伝統業会館の方によれば、こちらは灯油窯で焼いた作品だそう。


右は忠央窯さんで購入した丸皿。粒の粗い粘土とビードロ釉が素敵です。


つづきは伊賀焼訪問記2にて・・・


参考図書;
※1 美しい和食器の旅
京都・信楽・伊賀 およびのその周辺 清水元彦(編) リブロポート社





4.22.2014

佐渡 無名異焼の里


先日佐渡まで焼き物を見に行ってきました!!

みなさま無名異焼きをご存じでしょうか?
朱鷺や金山で有名な佐渡にも独自の焼き物があり、その代表的なものが無名異焼です。
佐渡に行かれた方はお土産コーナーに売られているのを目にしているのではないでしょうか?「むみょういやき」と読むその焼き物は、真っ赤なきめの細かい土が特徴です。

全国の焼き物の中ではあまり有名な方ではないけれど、大きな魅力を秘めている気がして、以前からとても気になっていたやきものです。





佐渡には中学生くらいの時に家族旅行で来て以来。

4月始めの佐渡はまだ観光シーズンではないようでしたが、のんびりとした雰囲気でとてもよかったです。泊まった部屋からは美しい海岸が見え、日本人であることの幸せを感じられました。

美しい風景に加え、魚介やお米屋やお酒もおいしくて。今回の旅の目的は半分は焼き物、もう半分は食べ物であるのが正直なところ。。。^^;






焼き物の話に戻りますが、無名異焼の窯元数は現在18軒ほどだそう。今回私は北沢窯さん、数右衛門窯さん等の工房にお邪魔させてもらいました。

無名異焼の主な原料である無名異土は、金を採掘している時に同時に堀りだされたものだとか。今でも金山周辺ではこの無名異の土を採ることができるようです。この土は元々は傷口に塗る薬であったそうです。消毒殺菌の効果があったのでしょうか。

鉄分を多く含んでいるため、焼く前から真っ赤な色をしており、素焼きの段階でも、本焼き後もあまり大差のない赤い色をしています。ところが焼く前と後ではなんと大きさが30%も小さくなるというかなりの収縮率。お茶碗を作るためにはどんぶりを作るくらいのイメージでしょうか。。。


粒子が細かいため本焼き後はあまり水を吸い込みませんので、釉薬無しでも食器として使われます。釉薬をかけた物も作られていますが、やはり代表的なのは真っ赤な土色を生かしたものといえるでしょう。土の素材感をそのまま味わえる器って素敵ですよね。


釉薬をかけなくていい焼き物とは、なんてらくちんで便利なんでしょう?・・・と思いたいところですが、そこには釉薬掛けより手間のかかるのではないかと思える作業があります。「生磨き」と呼ばれる、生素地の表面をこすって磨く作業です。ガラスのヘラや金属のコテなどで丁寧に表面を擦り、最後には布で磨くという作業があってこそ、釉薬をかけずともつるっとした表面となっているわけです。





窯元の方のお話によれば、この器で飲み物を飲むと鉄分がとれるとのお話。そして使えば使い込むほど器には艶が出てくるそうです。多くの場合は無名異土だけでなく、野坂粘土を混ぜて使っているそうです。野坂粘土は同じく佐渡島内の土ですが、こちらは田んぼなどで採れる土で、無名異土に混ぜることで成形しやすくしています。北沢窯の方が丁寧にご説明して下さいました(^-^)

真っ赤な焼き物にしあげるには、酸化焼成しなくてはいけませんので、今では電気窯で焼くのが一般的だそう。佐渡内は薪も豊富にはないこともあり、今では薪窯はほとんど焚かないようです。 還元や炭化で焼けば、黒っぽい色になりますのでそれもまた魅力的ですが、やはり無名異焼としてはきれいな赤が珍重されてきたようです。


無名異焼きに関連した重要無形文化財保持者(人間国宝)は2人いらっしゃいます。伊藤赤水さんと三浦小平二さんです。

以前に伊藤赤水さんの作品を国立近代美術館工芸館で拝見した時は、その大胆さと力強さ、そして今までに見たことのない赤土の赤さに感銘を受け、しばらくじーっと見つめてしまったことを覚えています。その作品は一般的な無名異焼きのイメージとはまた違った荒々しい作品でした。他にも赤水さんの作られている作品で印象的なのは練り込み作品です。30%も縮む土ですから、ヒビや歪みを出さずに白い土と組み合わせての模様作りをするのは、たくさんの試行錯誤の末に出来上がっていることが想像できます。無名異のカラーを活かしながら、とても華やかな作品となっています。

芸術品・工芸品としての焼き物と普段使いの焼き物に違いはありますが、人間国宝がいることでその焼き物全体の評価や知名度を上げていることは間違いないように思います。







伊藤赤水さんもそうですが、三浦小平二さんも代々続く無名異焼窯元のご子息です。佐渡の窯元をそのまま継ぎませんでしたが、無名異土を使った「青磁」の作品を制作し、重要無形文化財技術保持者に認定されています。東京に住まいを構えていながらも佐渡の誇る陶芸家であり、ご本人も佐渡に対する強い想いは持ち続けていたことと思います。亡くなった今も「三浦小平二小さな美術館」として佐渡にギャラリーが残っています。







火山の噴火で出来た佐渡島の豊かな鉱物資源がもたらす、真っ赤な土。江戸・明治と日本最大の金銀山として栄えた町も、今はその賑わいもなく、落ち着いた観光地として少し物寂しげな雰囲気もあります。栄枯盛衰のはかなさが無名異焼を味わい深いものにしているように私には感じます。また、時代の流れに振り回されず、真面目に仕事を続ける姿こそが無名異焼きなのかなと思いました。

無名異土には際立った特徴もあり、とても魅力のある焼き物ですので、今後ももっとたくさんの人に知られ、愛されるやきものになっていけばいいなと思います。



3.30.2014

板谷波山の夢見たもの @出光美術館

波山は私が日本の大学で陶芸を始めた時からの変わらぬ憧れ。これは見逃すわけにはいかないっということで、なんとか最終日に行ってきました!!

板谷波山の作品をたくさん所蔵している出光美術館は、窓から皇居も見える素敵な美術館です。今回の展示は没後50年の回顧展という特別なもの。代表作はもちろんのこと、製作途中の作品、釉薬の美しい天目茶碗や中国陶磁器を模した作品や図案などもあり、私が今まで見た波山の展示では1番見応えがありました。

板谷波山は、岡倉天心に美術史を学び、高村光雲に彫刻を学ぶという、恵まれた環境に育った明治昭和の芸術家です。子供の頃からやきものに興味を持っていたそうですが、当時まだ今で言う東京芸大には陶芸科がなく、やむなく彫刻科に進んだとのこと。そこで磨かれた抜群の描写力と立体感覚が、のちの陶芸作品に活かされているのは一目瞭然ですよね。

板谷波山は陶芸に芸術としての価値を求めて個人の芸術家として作陶した人物としても重要な存在です。その志は美術学校に入る前から持っていたからこそ、職人になる陶芸の道を選ばず、芸術を学ぶ為の学校へ入ったのでしょう。なぜ芸術家として制作することにこだわったのでしょうか?陶芸を、絵画や彫刻などと並んだファインアートとしての位置づけをしたかったのでしょうか。人間国宝を辞退したという行動からも見えるのは、伝統に囚われない新しい事をやりたいという波山の強い意志。それが波山を「芸術家」にさせたのではないかと思います。


余談ではありますが、その後に無名の職人の仕事を評価する民藝運動に賛同した濱田庄司が、板谷波山の教え子であるのはとても興味深いところです。一見合判している動きのようですが、どちらもやきものの芸術としての価値を高めたという点で共通しています。波山は芸術としての価値を高め、その価値をもっと身近な存在にまで持って来たのが浜田庄司らなのではないかと解釈もできるのではないかと、私は思います。


上品でどれも完璧すぎる波山の作品。きっと本人も完璧主義であったのではないでしょうか。形は東洋風、模様は西洋風。それは西洋化近代化しつつも変わらぬ日本人としての根底にあるものの存在の対比と共通している気がします。波山は海外に出たことはなく、全て海外からの出版物などから西洋の美を学んでいたとのこと。(現在海外の陶芸雑誌を数種類購読している私としては、少し親近感を持ってしまいます 笑) 西洋への貪欲な興味、自然への賛美、東洋陶磁器への敬意、すべてを取り込み自分の作品にまとめ上げた波山。私自身の制作にもヒントにしたいような、ヒントにするには程遠いような・・・・。

ああだこうだ言いながらも、結局は理屈抜きに誰もが美しいと感じるのが波山の作品の1番の魅力だと私は思います。そういうものを私もいつか作れたらいいなと、改めて思う展示でした。今回は図録もゲットして大満足。いつもなかなか思いきれずでしたが、増税前で背中を押されました。笑

ところで、今回の展示のタイトルにありますが、波山の夢見たものはなんだったでしょうか。。。?

3.20.2014

A gift from the UK



I always appreciate what ceramics give me. There are a lot, but one of them is friendships between all over the world. 


Today, I've got a package from the UK. It was a sweet gift from my friend who had took my ceramic class a few months ago. He stayed in Japan only for two month for his business. He visited our studio because he had been really interested in Japanese pottery and wanted to learn about it.


I really enjoyed talking with him. There are not so many young people from overseas who is passionated with Japanese pottery, now.


How nice he is that he sent me some fancy jam and tea with a letter all the way from the UK. I wish that I can see him again very soon. And I'm dreaming about visiting the UK someday.